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昔と変わりなければ、あそこは国語科準備室。
しかし、下からでは10センチほど窓が開いているのと、カーテンが船の帆のように風を孕んでいる様子しか見えない。
(もうちょっとで、いるかどうか、分かりそうなのに……。)
縁石に乗って、背伸びをして、首を目一杯伸ばしたものの、人影は見えない。
その代わり、窓ガラスに映り込んだ時計の針の位置に、亜希はハッと我に返った。
ゆっくりしていたせいか、すでに約束の時間の5分前だ。
小走りに来賓玄関へと急ぐ。
(それにしても、だいぶ変わったなあ……。)
正門を入って右手には亜希が学んでいた頃と変わらない旧校舎が、左手には見慣れない鉄筋コンクリート製の新校舎が立っている。
(昔はプレハブ校舎だったのに……。)
「母校」とは言え、今の倉沢学園は想い出の中のそれとはすっかり様変わりしていた。
――五年。
「あっという間だった」と正門をくぐる時には思っていたのに、ほんの僅かな距離を歩む内に不安が募ってくる。
――「彼」はあの約束を覚えているだろうか。
明日になれば同僚として「彼」と、この学園で過ごす事は既に確定事項なのに、急に会うのが怖くなる。
(ううん、たとえ忘れられていたとしても……。)
「彼」に振り向いて貰えるように、また頑張れば良い。
(……その覚悟はしてきたつもりだし。)
五年の歳月がウイスキーを熟成させるように、必ずしも人間関係を熟成させるだなんて思っていない。
亜希は一息、スウッと息を吸い込むと、インターホンのボタンを押した。
しばらくして、事務室のブラインドが上がり、事務員の女性が顔を覗かせる。
首から提げているネームプレートには「倉沢 万葉」と書かれていた。
「あ、あの……、今度、カウンセラー室に配属される進藤と申します。」
そう言って愛想笑いを浮かべる亜希に対して、万葉は品定めをするみたいにすっと目を細める。
――猫みたいなつり目。
何故か分からないが、万葉の態度は妙に高圧的だ。
「こちらに署名をお願いします。」
「あ、はい……。」
さらさらと署名をし終えると、万葉はその用紙を無言のままで受け取る。
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