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「今日はそちらの来賓用スリッパをお使いください。」  その言葉に亜希は軽く会釈をすると、少しばかり古めいた下駄箱の中を覗いた。  来賓用の茶色のスリッパが一揃えが入っている。 (これかな……?)  そう思って手をスリッパに伸ばしたところで、背後のブラインドがしゃらりと閉まる音がした。 (……あの人とも一緒に働くんだよね?)  乗っけからこんな調子だと、少し不安になる。  亜希はため息を一つ吐くと、来賓玄関前の長い廊下へと出た。  今日は始業式前で生徒は居ない事もあり、学校中が奇妙なくらい静かで、人の気配も疎らだ。  ――真新しい校舎。  左を見れば初めて見る景色。 (……知らない学校に来たみたい。)  落ち着かない気持ちのままで、上の方に着いたプレートを見渡す。  ――事務室。  ――理事長室。  ――会議室。  記憶の中の「母校」とは似ても似つかない。  亜希は落ち着かない気持ちになって、振り返って、短い渡り廊下を渡り、旧校舎へと足を踏み入れた。  ――宿直室。  ――職員室。  ――保健室。  こちら側は高校時代にタイムスリップしたみたいに昔のままだ。  亜希は懐かしさのあまり、ふらふらと歩みを進めた。  ――変わらない。  ――あの頃と。  しかし、職員室のドアが開く音に、現実に引き戻される。 「……お待たせしました。」  若い男性の声に、振り返る。  否が応でも心は勝手に期待する。  しかし、そこに居たのは27、28歳の見知らぬ男性だった。 「はじめまして。本日、校内を案内致します、郡山です。」  万葉と同様、若干、神経質そうな雰囲気。  さっきの事もあるから、亜希は少し不安に思った。 「はじめまして、明日から赴任する進藤です。今日は一日、宜しくお願いします。」  そう礼儀正しく挨拶をして、愛想笑いをする。  途端に郡山の態度は軟化した。 「こちらこそ宜しく。」  そう言いながら、「こんな時くらいしか使わないから」と名刺も手渡してくれた。  学校名と担当教科、それと「郡山 孝俊」と縦書きに書かれた、いかにも「教師」らしい名刺だ。
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