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「彼」もこういう名刺をもっているのだろうか。
だとしたら、どんな時に使っているのだろう。
そんな事を考えながら、郡山の名刺をしげしげと眺めていたら、「進藤先生の分も後で支給されると思いますよ」と郡山はにこやかに教えてくれる。
「……みんな貰えるんですか?」
「ええ、100枚単位で貰うから、使い道に悩むんですけどね。名刺とデータ印は支給されますよ。」
「そうですか……。」
その話を聞きながら、ふと再会した「彼」に挨拶する自分を想像した。
名刺なんか差し出したら、「彼」はきっと苦笑するだろう。
互いに十分見知っているのに、何してるんだって。
(でも、記念に一枚欲しいかも……。)
そんな風に「彼」に想いを馳せて、亜希はふわりと笑う。
その笑みに郡山は釘付けになった。
(か、可愛いなあ……。)
まるで冬の終わりを告げる春風のよう。
心がほんわかと温かくなる。
「……郡山先生?」
そう小さく首を傾げて、上目遣い見上げてくる亜希の様子にドキリとさせられる。
郡山は目を泳がせた。
「――どうかなさいましたか?」
「……へ? い、いやあ。」
思わず声が裏返える。
ドキドキと心臓が飛び跳ねて、息が詰まる。
郡山は自分の気持ちが筒抜けになっている気がして顔を赤くした。
「ひ、ひとまず上に上がりましょうか。」
「上、ですか?」
「ええ、カウンセラー室は新棟の三階なんで。」
そう言って足早に新棟の階段へと向かう。
その後について、亜希も新棟へと向かった。
しかし、ビニール素材のスリッパと化繊のストッキングとの相性は最悪で、少しでも急ぐと脱げてしまいそうになる。
郡山は二階の踊り場まで来ると、亜希との間がかなりにあいてることに気が付いた。
「……すみません。」
ようやく追い付くと、郡山に謝られる。
亜希は首を横に振った。
「いえ……。」
その後は歩く速度を落としてくれる。
「こう言うの、初めてで、なんか緊張しちゃって……。」
「そうなんですか?」
「ええ、しかも、進藤先生みたいに可愛らしい人が来るだなんて思ってなかったから……。」
その言葉に亜希はしばらくキョトンとして、それから「あはは」と声を上げて笑った。
「郡山先生ったら、お世辞上手。」
「え? いや、お世辞じゃなくてですね……。」
もじもじと恥ずかしそうに郡山が話す。
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