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「進藤先生はお世辞抜きに可愛いですよ。」  しかし、亜希に「またまた」と軽く躱される。  郡山は少し残念そうな表情になったが、こほんと咳払いすると、気を取り直して廊下へと亜希を促した。 「この新校舎には2-Aから始まる自然科学科が、旧校舎側は2-1から始まる普通科が入ってます。」 「自然科学科って、最近できた?」 「ええ。自然科学は一昨年から設けられたコースでして……。」  その後も続く郡山の話に相槌をうちながら、亜希はその片越しに見えた札から目が離せなくなった。  ――国語科準備室。  「彼」のいる部屋だ。 「進藤先生?」  郡山の声にハッとして、焦点を戻すと、誤魔化すためにニコリと笑う。  すると、気分を良くしたのか、郡山は再び自然科学科の成立について「高津議員が、我が校を推挙してくれたんですよ」と話した。 「そうなんですか……。」 「ええ。すっごく格好いい人なんですけどね、彼のお陰で理数系の教師は教える授業数が増えててんてこ舞いですよ。」  そう苦笑いをしながら、ジャージのポケットをあちこち探る。 「……あれえ、おっかしいなあ。」 「え?」 「いやあ、肝心のカウンセラー室の鍵を下に置いてきちゃったみたいなんです。ちょっと取りに行ってきますね。」  そう言うや否や、郡山は小走りに立ち去り、階段の方へと廊下の角へと消えていく。  亜希は長い廊下に一人取り残された。  一階の時と同様に、何だか落ち着かない気持ちになってくる。  ――自然と旧校舎側へと目を移す。  そして、ふらふらと何かに操られているかのように、短い渡り廊下を渡る。  亜希は国語科準備室の前に立った。  ――時が逆戻りをし始める。  50センチ程度のはめ殺しの窓ガラスからは、机に向かって仕事をしている人影が見える。  ――「彼」だ。  昔と同じように、静かにドアを開ける。  カラリとドアが開く音がする。  その音に、「彼」は古くなった椅子をギシッと軋ませながら振り向いた。  ――あの頃と同じように。  言いたかった事はいっぱいあったはずなのに、たった一つの言葉を残して、すべての考えは頭の中から消し飛ぶ。  ――会いたかった。  胸がいっぱいになって、目頭が熱くなってくる。  亜希は何も言えなくて、しばらくその場に棒立ちになった。
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