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「――まさか、進藤か?」  亜希はこくりと頷くと、少し遅れて笑みを浮かべた。  ――嬉しい。  やっとの思いで「久保先生」と口にする。 「ご無沙汰していました。」 「……おう。久しぶり。」  久保は少しはにかんで、すぐに昔通りの優しい笑みを向けてくれる。 「今日はどうしたんだ?」 「……私、この学園に就職するんです。」 「――へえ?」  感心したような口振りで一言答えてから、今度はクイッと口の片端を上げる。 「赤点を取ってたお前が、よく就職できたもんだなあ。」 「え?」 「中間テストで古典、20点だった事があったろ?」 「もう、古い話を蒸し返さないで下さいッ!」  亜希はむくれた表情を作った後、少し堪えたが、すぐにプッと吹き出し笑いをした。  つられて久保もククッと喉を鳴らして笑う。 「……相変わらずだな。」 「先生こそ。」  五年間のブランクなど、全く感じない。  ――帰ってきた。  ――この人の元へ。  亜希はゆっくりと久保の方へ歩み出す。 「先生、あのね……。」 「ん……?」  薄茶色の瞳にまっすぐに見つめられて、言葉に詰まる。  ――五年前の約束。  ――今でも覚えてる?  尋ねたい言葉は、なかなか口から出て来ない。 「えっと、ね……。」  ――会いたかった。  そのたった一言さえも、言おうとすると言葉にならずに霧散する。  ――頬がひどく熱い。  ――心臓がうるさい。  きっと端から見たら、今の自分はゆでダコみたいに真っ赤なのだろう。  亜希が言い淀んでいると、久保は心配そうな表情に変わる。 「お待たせしましたあ。」  そして、廊下から郡山の叫ぶ声も聞こえてくる。  ――タイムオーバー。  亜希は少し肩を落とすと、後ろを振り返った。 「……あれって、郡山?」 「うん、鍵を取りに行かれたから、少し顔を出したの。」 「そうか。」 「また、後で顔を出しますね。」 「おう。」  後ろ髪引かれる思いで、国語科準備室を出ると、辺りを見回している郡山と目が合う。 「そちらにいらっしゃいましたか!」 「何も言わずにごめんなさい。知り合いの先生がいらっしゃったので、ちょっと挨拶をしてたんです。」  郡山は渡り廊下を渡ると、そこが国語科準備室の前だと知る。 「……久保先生とお知り合いなんですか?」  途端に声色が固くなったから、久保と郡山の仲があまり良くないのだと知る。
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