一夜限りの魔法だったとしても

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足を組んで雑誌を読んでいたテルくんは、ゆっくり立ち上がってこちらに歩いてきた。 フィッティングルームの鏡越しに、ドレスに身を包んだ私をチェックするテルくんと目が合い、慌てて目をそらした。 「ふむ…」 私の背後で髪をほどき、纏めて捻り上げて、鏡を確認した。 一度髪を下ろし、今度は一束、右側の髪を残してさっきと同じように纏め、また鏡に視線を戻す。 「お姉さんはどう思う?」 テルくんは鏡越しに私の顔を見た。 「え?」 テルくんは眉を寄せて「お姉さんが気に入らないんじゃ意味がないでしょ?」と言った。 確かに。 「このドレスは素敵だと思うけど…。 デザイン的にはさっき着た濃紺のドレスが好き…かな…」 松井さんに申し訳ないような気がして口ごもると、松井さんはその濃紺のドレスを私の前に掲げて、ん~、と呟いた。 「悪くないと思うけど、紺よりグリーンなんだよね」 それは私も思った。 テルくんは同じデザインの色違いはないのか松井さんに問い合わせたが、ワインレッドなら…という返事に顔を顰め「それは却下」と即答した。 「たぶんお姉さんが気にしてるのは」 呟いて、手近にあった大きめのストールを肩に掛けた。 「背中の開き」 ニヤリと笑って「綺麗な背中なのに」と言いながら、鏡に写る私に問いかけた。 「これでどう?」 言い当てられて真っ赤になりながら、私は頷いた。 すると、テルくんは松井さんに「これ、仮予約ね」と言ってフィッティングルームから離れた。 仮、予約? 松井さんは「んもう!」と悪態をついて、濃紺のドレスをラックに掛けた。 「坂上くんじゃなかったら出入り禁止にしてるわ」 ドレスを脱ぎ、普段着に着替えてほっとしたのもつかの間、「次行くよ」と連れ出される。 次?! 坂上くんが松井さんに「後でね~」とひらひら手を振り、松井さんは「良いお返事待ってます」と苦笑した。
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