「好き」の効力

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「三つ、約束しないか?」 俺の提案に、むつみは不思議そうな顔をした。 「嘘や誤魔化しをしないこと。 話の途中で逃げ出さないこと。 それから……「ごめんね」は言わないこと。 ごめんねって言い始めたらキリないから」 二杯目のモスコミュールを作りながら話すと、むつみは小さく解ったと答えた。 出したままにしていた脚立に腰かける。 「……むつみが出ていった理由、解ったよ」 俺をじっと見た後、むつみは俯いて黙った。 「解るけど……ロケから帰ったら居なくなってたのには相当参った」 「ごめ……」 言いかけて、俺の視線に気がついたむつみは、ばつが悪そうに口をつくんだ。 再び俺はぽつりぽつりと言葉を繋げる。 「もっと、ちゃんと話してほしかった。 辛いって、助けてって、言ってほしかった」 むつみは苦しげに眉を寄せて、目を閉じた。 「俺ね、いつも温度差を感じてた。 俺ばっかりがお前を好きで、お前は俺のことを見てくれてるのか、自信がなかった。 好きって言ってもらったことないしね」 一口、モスコミュールを飲む。 「むつみはずっと俺を芸能人として見てたの?」 むつみが口を開いた。 「……ずっとじゃないけど……そういう意識はあったと思う」 解ってはいたが、改めて聞くと胸が痛い。 「……じゃあ、とりあえず、それは取っ払おうか」 むつみが顔を上げて、カウンター越しに俺を見る。 「お前が我慢してたこと、遠慮せずに教えてよ」 俺たちはずいぶん長い間話し込んだ。 モスコミュールは五杯を超え、むつみも品を変えて杯を重ねた。 むつみが思っていたこと 蒸し返すのは嫌だったけど篠崎悠子のこと 小此木さんのこと 俺が思うこと ゆっくり、噛み砕きながら語り合った。 終電なんかとっくになくなって。 アルコールを飲み続けてたら駄目になるような気がしてコーヒーに切り替えたが、それでも話は尽きない。 その頃には、思い出話なんかも出てくるようになるほど、俺たちはリラックスしていた。 振り子時計が四時を差し、さすがに店に居続けるのも悪い気がしてきて、俺はむつみに言った。 「場所変えよう」 グラスは新しいドリンクを作る都度、洗って乾かしたので、コーヒーカップを洗うだけだ。 作ったドリンクのメモを確認し、脚立を片付けた。 むつみが返答に困っているのは気付いてる。 でも、遠慮はしない。 「うちに、帰ろう?」
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