「好き」の効力

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遠慮、戸惑い、葛藤。 色んなものを滲ませた表情で、むつみは俺を見上げる。 そんな顔を見て、クスリと笑いが漏れた。 「うちに帰ろうって言っても、困らせるだけか。 じゃ。最後に聞いてよ。 その後、むつみが帰りたければ帰してあげるから」 むつみの表情がさらに複雑になる。 「俺ね、むつみに会ったら、拒絶されようが泣かれようが、まず抱き締めたいって思ってたんだ。 でもさ、いっちゃんに『突進するな、仕事させろ』ってブレーキかけられて、出鼻くじかれたんだよね。 情けないけど、俺だって怖いんだ。 むつみがね、怯える顔する度に、体を強張らせる度に心削られてる。 もうどうやっても俺じゃダメなのかとか、終わりにした方がいいのかとか何度も繰り返してる。 今だって触れたくて仕方ないけど……お前にそんな顔させたくないから。 だから決めよう? むつみ。 俺は、むつみが好きだよ。 会えなかったけど、色々あったけど、気持ちは変わってない。 取り戻すことだけを考えて過ごしてきた。 仕事での成功よりも、お前にそばにいてほしいって思ってる。 俺がそう思ってるっていう事実は受け止めてくれる?」 むつみの瞳に、みるみる涙が膨れ上がってきた。 唇を噛み締めて、彼女は小さく首を縦に振る。 「ありがと」 言いたいことは言った。 審判の時だ。 「……お前はさ、今までずっと俺に対して好きも嫌いも言ってくれなかったから、最後に聞かせてよ。 俺のこと、どう思ってるの?」 むつみはくしゃくしゃに、顔を歪めた。 そして、大きく嗚咽を漏らしながら、叫ぶように言った。 「好きだよ!陽が好き。 ずっと一緒にいたいよ。 でも、もう嫌なの。 邪魔って言われるのも我慢するのも。 だから一緒にいられな」 もう、何も考えられなかった。 むつみの言葉を遮って。 細い腕を捕まえて、引き寄せて、力一杯閉じ込めた。 「邪魔なんて言わせない。 我慢もさせない。 手のひらから他の何を溢しても、お前は絶対に溢さない。 だから、俺から離れていかないで」 わあわあと、声を上げて泣くむつみを見るのは初めてだった。 彼女の頭をかき抱いて、俺は柔らかい髪に頬擦りをしながらもう一度呟いた。 「離れないで」 俺の胸に収まるむつみが、大きく肩を震わせて。 更に声を上げて泣く。 長い長い慟哭の後に、やっと小さく聞こえたのは 「離さないで」 の一言だった。
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