「好き」の効力

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むつみの手を握りしめて外に出れば、切り付けて来るような冷たい空気が襲ってくる。 もうすぐ街は目覚めの時間を迎えるのか、配送のトラックが行き交い、にわかに人の姿があって。 タクシーを停めて乗り込むときも、握った手を離すことはなく。 泣きはらした後なのに、メイクもぐちゃぐちゃなのに、何故だかむつみがやけに可愛くて。 タクシーじゃなければ間違いなく唇を寄せてる。 マンションのドアを開けるとき、むつみが顔を歪めた。 篠崎悠子のことを思い出したのだろう。 「鍵は変えてあるよ」 呟いて、むつみを中へと促した。 俺を複雑な表情で見つめていたむつみは、意を決したように、体を中へと進めた。 背後でバタンとドアが閉まるより先に。 腕が、唇が、むつみを捕まえる。 頭を空っぽにして ただむつみの荒い息づかいと 絡まる舌と いやらしく響く水音を感じて お互いの唾液を交換して 体の奥深くまで染み込ませて お世辞にも綺麗とは言えない獣のようなキスに かくんと落ちるむつみの膝が白旗を上げても さらに抱え上げて唇を犯す。 むつみの腕を捕って俺の首に回し、俺は彼女の太ももを抱き上げた。 タイトスカートがずり上がり、人には見せられない姿をしているむつみが、尚も腰に足を絡ませてくる。 ぞくぞくと欲情が体を巡って、覗く白い首筋に噛みついた。 肘でドアノブを下げて、体当たりしながらリビングに雪崩れ込む。 脱がす時間を与えなかったむつみのパンプスが、俺の背後で硬い音を立てて転がった。 冷えきった真っ暗なリビングで湿った音を立て続ける。 窓を全部曇らせてしまうんじゃないかというほどの熱。 それでも、暖房をいれなければ室温は上がらないから。 仕方なく長く長く貪っていた唇をようやく離して、むつみをゆっくり床に下ろした。 左手は繋いだまま、照明と暖房のスイッチをいれた。 突然の光に、眩しそうに目を細めたむつみが、視線を一点に注ぐ。 視線の先にはホワイトボード。 むつみが書いたそのままに、三ヶ月経った今もその四文字は大切に残してある。 俺の支えだった、大事な言葉だ。 「今日は逆だな」 後ろから抱き締めて、二人でホワイトボードに体を向ける。 柔らかな髪と、首筋に顔を埋めながら。 「おかえり、むつみ」 夜が明けようとするリビングで 再び、キスが始まる……。
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