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「けど」  言い訳がましくいう彼女の声。それを遮るようにして放った声に晃子は少し身を強張らせた。 「せん――」 「馬鹿みたいなんだ。私――思ったんだ。あの時。晃子って、子供の頃から一緒だったからそこに居るのが当たり前だったんだよね。だからこれからも一緒だと勝手に思っていたみたい。驚いただけだよ。本当に」  人は大人になる。私も晃子も。いつまでも一緒になんていられないのに。そんな事は分かっているのにどうしてこんなに悲しいのだろう。なんだか捨てられたみたいでとても苦しく思えた。そんなはずなんて無い。とは分かっていても。  それでも私はニコリと微笑んで見せた。  晃子が困るのはもっと嫌だ。悲しむのも苦しむのも見たくない。だから笑っていて欲しい。  ――泣くなんて思いつかなかった。 「え?」  晃子に私の姿がどう見えていたのかは分からない。ただ意外そうに私を見ていた。 「うん。――もう大丈夫。嬉しい。よかったね。一之宮は、きっと晃子の力になってくれる。いいやつだから」  大丈夫。なんてことはない。だけれど後半に関しては事実だった。晃子には幸せになってもらいたかった。 やはり『淋しい』とか考えるのは可笑しいことだ。そう思う。 「千里」  ぐっと泣きそうな顔で晃子は唇を噛むと私に抱き付いた。ふわりと心地いい石鹸の匂いがする。それはとても落ち着くような気がして小さく息を吐いた。 「ごめんね。ごめん。驚かせて――心配かけて。千里。私たちは何も変わらない。ずっと一緒だよ」  心底思う。やっぱりこの人を私は困らせたくないのだと。私はいつだって笑顔に励まされてきた。笑っていて欲しいと思う。 ――本当に私は馬鹿だ。 「うん」  私は晃子の小さな背中を撫でるように軽く叩いた。 「――ありがとう。千里」  消え入るような彼女の細い声をかき消すようにして、この場に不釣り合いな携帯の着信音が響き渡った。歌だ。アイドルが歌っている物でずいぶんポップな曲。それはどこか晃子にはイメージとかけ離れている気がした。何となく一之宮の趣味なのだろうと頭を過ぎる。
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