明星

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 要は表情が乏しく見えるのだろうか。よく分からないけれど。 「あ。悪い意味じゃないの。人形みたいにきれいだって。でも、最近ここで笑っていることが多いから――なにか、あったのかなって」  彼女は私の不思議そうな空気を感じたのか慌てて口を開いていた。 「笑ってる? 一人で?」  『きれい』よりもそちらがすごく気になった。笑っているなんて、そんな自覚は無いのだが。そういえばこの間もそんな事を晃子に言われた気がする。『嬉しそうだ』と。  私はよく分からなくて首を捻っていた。だいたい、一人で笑っていたら怖い人ではないだろうか。  暫くの沈黙。その後で沢木さんのため息が少し聞こえた。 「――中藤さん、一年の子の誘いに乗ったって、本当?」  本当はこのことが言いたかったのかもしれない。おずおずと窺うようにして私の耳に声が響いた。 「はっ?」  一瞬何を言われているのか理解できなかったのだが、ようやく理解すると思わず間抜けな声を上げていた。どうしてそんな事になっているのだろうか。あの一年生とはあれから一度も会っていないし、音楽室に行くときは頼み込んで少女姿の芹に付いてもらっている。  そう言えばさすがの一般生徒も芹には近づけないようだった。どこか異質とも思えるほどの美人には。  ただし、例外は『ファンクラブ』だろうか。なんか会うたびになだめているような気がする――もちろん笑顔で殺しましょうとか呟いている芹を、だけれど。 「だから、嬉しそうなのかなって――誇張して回っているようだし。大丈夫? あの子。木下さんたちが眼の色を変えて探し回っているみたいだけど――」  私は一瞬にして血の気が引いていくのを感じていた。  『木下 このみ』と心の中で呟いて、思い出していた。隣のクラスの少女で確か『ファンクラブ』初期メンバーの一人だ。それゆえ矜持はなんだか高いらしい。何の矜持なのかなんてよく分からないけれど。 「あ、中藤さん!」  とにかく――考えるまでもなく私は身を翻していた。チャイムが鳴るのも気にせず屋上に向かう。静止しようとする教師を無視し、誰もいない階段をパタパタ軽い音を響かせながら駆けあがった。  あそこにいる。と私は確信していた。木下さんでもなく、深見さんでもない。『彼女』は居る。
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