明星

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たぶん私の所為だから。何とかしないと。口許をぐっと噛み締めた。 「うん――邪魔してごめん。一年の子に聞いて――」  突然、乱暴に手首を掴まれた。明らかに少女のものではない大きく骨ばった掌は相変わらず熱を持っていない。石の様にひんやりとしていた。 「え?」  不意に覗き込む漆黒の双眸に心臓が跳ねる。どうして青年の姿になっているのだろう。けれどそれよりも――私はごくりと息を飲みこんでいた。何時もとは違う、貫くような視線に身体が固まるのを感じていた。まるでそう、蛇に睨まれた蛙の様に。  ジワリと浮かんでくる嫌な汗。心の底から湧き上がる恐怖は心臓を早鐘のように鳴らす。 「……ったく。どうして分からないんでしょう――その優しさは千里様自身を滅ぼしますよ? 晃子様の時もそうでしたけれど――誰かが助けてくれる訳ではないんです」  表情は抜け落ちている。そうすればもう完璧な人形のようで冷たく見えた。 「だ、だって。ほうっておけないし。きっと私の所為だし」  怖い。そう思いたくないのに――。そう思う自分が嫌だ。上擦る声を無理やり制していかにも平然という振りをして彼に目を向けた。そんな事。怖いと思っていることを悟られたくない。それはたぶん、かなり無理をしていると自分でも分かったけれど。  一瞬だけ。本当に一瞬だけ。芹の眉が跳ねたのは気のせいだろうか。とても不快そうだったがそれもすぐに消えた。 「――離して? いかないと」  一拍置いた後。彼は何かに気付いた様に小さく声を上げた。慌てたようにして様にして身体を跳ね上げると私の腕を慌てて離した。その見開かれた眼は先ほどまでとは明らかに違う困惑を浮かべている。  一体どうしたのだろう。いつもの芹と明らかに違う。彼は顔を少しだけ顰めて頭を抱えた。 「す、すいません――いや。あの。どうしてでしょう? おかしいですね。私は」 「大丈夫?」  むしろ聞きたいのはこちらの方だけれど。  どこか悪いのだろうか。なんだか先ほどから変だどこか体調でも悪いのだろうか。覗き込もうとして一歩近づくと芹は一歩退いた。相変わらずの青い顔。微かに額に汗が浮き出ているようにも見てとれた。季節は秋だ。暑いわけではないというのに。
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