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「……芹? どうしたの」
彼は苦々しく笑って空を仰いだ。まるで消えてしまいそうな横顔に胸が締め付けられるような感覚。
「それより深見様ですが」
「うん、でも」
忘れていたわけではない。けれど今は芹の方が気になってしまう。とてもではないが大丈夫なようには見えなかった。
「体育館準備室ですね――行くのでしょ? 行くなら早い方がいいと思います」
いかないと。そう思うのだ。あの娘がどんな目に合うかも分からないのに。そう分かっているのだけれど、足が動かなかった。
「申し訳ありません。驚かせてしまったようです――私は何一つ問題ないので行ってください。――それに、千里様はそれがしたかったのではないのですか? そのために私に会いに来たのでは?」
「……え?あ。うん」
「それとも――別の用事で?」
何か用があるのですか?と続けられる。酷く冷たい目だ。先ほどまで私を射貫いていた視線と同じものだった。まるで『早く去れ』そう言われているような気がして私は、二、三歩退いた。
何か心が塗りつぶされていくように暗くなっていくような気がした。まるで拒否されているようで。けれどそれとは裏腹にどうしてなのか私は満面の笑顔を浮かべている。笑顔で芹が今どんな表情をしているかなんてもう見えなかった。
「あ? ごめん。迷惑だったよね。そうだよね。――でも。ありがと」
身を翻し走る。早くいかなければ。と思った。早く。早くここから去らなければ。それが『どちら』を思っていることか私にはもう分からない。『逃げたい』なのか『助けたい』なのか。混在して頭がぐらぐらと揺れている気がした。
ただ、苦しいのだけは間違いない。
私は屋上を弾けるようにして出ると階段を滑る様にして降りた。授業を行っている教室の隣を走り過ぎ、渡り廊下を抜けていった。
迫るようにして視界に入ってくるのは大きな体育館。やはり授業は行っていないらしく、不気味に静まり返っていた。覗き込んで誰もいないのを確認すると、私は慌てて上履きを脱ぎ捨てるようにすると中に上がり込む。目指す処は奥まったところにある準備室。足を踏み込むたびにうるさいくらい大きく足音が反響した。
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