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重い――軋むような引き戸を開けるとそこには秋だと言うのに些か蒸し暑い気がした。薄暗い準備室。卓球台やマット跳び箱やボールが所狭く置いてある。けれど。
「あれ?」
間抜けとも思える自分自身の声が響いた。だれも居なかったのだ。いた形跡も無い。芹が嘘を付いたと思えなくて目を丸くしていると、背中から響く様にボールが跳ねる音が低く響く。
確かに誰も居なかったはずの体育館。私が振り向くと見覚えのある少女。『深見 彩』がバスケットボールを床に弾いていた。けれどどうしてだろうか。その横顔は、以前と別人のように大人びて見えた。そう、何もかも雰囲気を異にしている気がしたのだ。
彼女はゆっくりとした動作で私に目をむけた。暗い双眸は以前とは違い光さえ灯っていない。そんなように見えたのは気のせいいだろうか。
やはり、何かあったのだろう。外見は何ら変わっていないようだったけれど。学生服一つ乱れていない。
私は微かに拳を握った。
「だ、大丈夫? き、木下さんたちに連れて行かれたと」
「先輩。やっぱり来てくれたんですね」
私の心配とはよそに彼女は柔らかく笑って見せた。ただその眼は笑っていない。どこか憎む様に私を見ているそんな気がする。そんな目は以前にどこかで見たよう思えたがいまいち思い出せなかった。
「な、なにか、されたの?」
窺う様に言うと彼女は微かに笑みを浮かべたまま、バスケットボールをきれいなフォームでゴールに投げ込んだ。どこに当たることなく見事に入るとそれは軽い音を立てて床を何度も跳ね体育館にその音を反響させる。
「ふふふ――何も。でもまさか来るとは。ほんとお人よしね。この娘にあんな事されたのに。馬鹿みたい。――だから、嫌いよ」
「え?」
最初、目がおかしくなったのかと思った。ゆらりと深見さんの姿が揺らいだのだ。まるで空間に溶けるように。だが次の瞬間それは別人のものへと変化していた。そう。いつだったか駅であった『凪』と名乗った少女に。
「あれ?」
ごしごしと確認をするように瞼を擦るが何も変わらない。あの少女だ。ぎらぎらと輝くような漆黒の双眸は未だ私に強い憎しみを私に送り付けているようだった。
外見は華のようで美しい少女なのにその双眸がすべてを阻害している。そう、思えた。笑えばかわいいのに。
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