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やはり私が食べ終わるのを待ってくれていたようで、そのあとは質問攻めだった。
「お前、名は?」
「…………」
当たり前なのだろうが、質問は名前を聞くことから始まった。
普通ならそれくらい簡単な事なのだろうが、生憎私はそうはいかない。
しかし、言わないのは不自然だ。
そんな事で怪しまれでもしたら、厄介な気がした。
とりあえずは名乗ることにし、なんとか名前を探す。
「……雛です」
間がある事に疑問を持たなかったのか、男は特に気に気にした様子もなく頷いた。
質問は続く。
「雛か……それでどうしてあんなところにいた?」
あんなところとは、私の記憶が途切れる直前の記憶に残る、あの場所のことだろうか。
私も質問したい事があったが、今はとにかく質問に答えていくしかないようだ。
ゆっくり、頭で文を組み立てながら口を開く。
「急に雨が降ってきましたが、傘を持っておりませんでした。 それに止むまでお世話になれるような人もいないので、雨宿りができるところを探していました」
一応答えはしたが、まだたくさん聞かれるのだろう。
さて、どうしたものか。
時間はある。
しかしいつまでもここにいるということはできないらしいし、それならまた暫く歩き続けなければいけない。
できるだけ早く、日が暮れる前にここを出たい。
「そうか。 では雛、お前はなぜ京にいる? 訛りがないから、ここの生まれではないだろう?」
男は黒の前髪の間から、どこか探るような視線を投げかけた。
京の都。
確かに生まれは京ではない。
それから京にいることに特別理由があるわけではない。
ともすればもう少し散策した後はすぐにでも京を後にするだろう。
まあこの質問は、簡単にそんな風な事を言っておけば良い話だ。
「先ほど言ったとおり、旅をしていました」
にこやかにそう答えた私は、手に持っていた湯飲みを傾け、暖かいお茶で口を湿らせる。
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