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私が思うに、この世は酷く残酷だ。
男尊女卑、切り捨て御免のこの世界では、下手なそぶりを見せればすぐに切り捨てられるのだろう。
「旅、か……」
それきり男は考え込む風にして黙ると、漸く私から視線を外した。
それによって質問が途絶える。
今なら、私から発言ができそうだ。
私もこの男に質問をしたい事がいくつかあった。
「他に質問がないのなら私も質問をさせていただきますね。 まず、ここはどこでしょうか」
私が聞くと、逸らされた視線を戻して顔色を変えずに男は言う。
「壬生浪士組の屯所だ」
「壬生浪士組、ですか」
私が繰り返すと、男はさらにしっかりと頷いて肯定した。
「言っただろう、ここはお前がいるべき場所ではないと」
「確かに、あまり良くない噂は聞きますね」
壬生浪士組といえばこの京で恐れられているーー否、嫌われていると言っても良い武装集団。
驚きはしたが、冷静に頭を働かせる。
よく考えてみれば、私にとってこれは好機になるのではないか。
たしか壬生浪士組に女はいないはず。
うまくいけば、この場に転がり込んで女中という職につくことも可能ではないのか。
安定のあの字すら存在していなかった今までの生活からおさらばできるかもしれない。
ーーまあそう簡単にいかないのだろうが。
暫く考えを巡らせた後、ふと目の前で無表情を貫く彼の名前を知らないことに気がつく。
目の前にいる恩人の名を聞かないのは失礼だろう。
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