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「あーっ! それは私の甘味です!」
「別にいいじゃねえか、一つくらい」
「だめに決まってます!」
ふと、遠くから聞こえた声に耳をすませた。
次にゆっくりと瞼を上げる。
そこにはすでに黒はなく、映しだされたのは茶のみだった。
暫くぼんやり眺めていると、それが木で作られたものであることを理解する。
見慣れたはずの低い天井だったが、自分の知るものではない事は容易に想像がついた。
「これ、は……」
正直、自分の置かれている状況がいまいち飲み込めていない。
しかし今すぐ行動を起こそうという気分にもなれなかった。
暫くぼんやりと視界を染める茶を眺める。
そうしていると、そのうち自分が目を覚ます前の、まだ記憶に新しい男の影を思い出した。
そうだ、たしか急に雨が降り出して、仕方なく歩いていたら男の人に話しかけられて、それでその人に近寄ろうとして。
そのままーー。
突然、スッと襖の開く音がして思考が途切れる。
反射的に布団から飛び起き、襖のある方へ目をやる。
そこには、今思い出したばかりの男の姿があった。
少し長めの前髪は目元を覆い、その間からは僅かに見える程度。
それに固く結ばれた口元が相まって、総合的に近寄りがたい雰囲気の男。
「起きたか」
「あ……はい」
証拠に、私の奇行を見ても男はなんでもないように呟いた。
私の推察は間違っていないだろう。
要は動じないのだ、多少の事では。
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