第1章 始まりと出会い

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 それにしても、余りにも過剰反応しすぎてしまったように思える。  恥ずかしさからなのかなんなのか、私は何も言えないまま頷いた。  それを見た男はやはり顔色を変えず、ゆっくりと私の居るところへ歩み寄った。  私のすぐ目の前で立ち止まり、じっと見つめる。  正面からは隠れていた目元が、見下ろされる事によって顕となる。  加えて、割増した威圧が重くのしかかる。 「あの。 迷惑を、おかけしました」  白む空気に耐え切れず、布団から一歩でた私は畳の上で頭を下げた。  顔を上げると、男は僅かに目を見開いていた。  しかしそれも束の間のことで、すぐに首を横に振る。 「いや、問題ない。 それより体が大丈夫そうならすぐにでも出て行ってもらうぞ。 ここはお前がいるべき場所ではない」  彼はそのまま胡座で座ると、私に目線を合わせる。  なんというか、居心地の悪い空気だ。 「は、はい……」  そうはいっても、一体私はどこに行けばいいのか……。  そもそも行く当てが無いから濡れてまで歩き続けていたのだ。  まさか助けてくれた男にそんな事を言い返すつもりはないが。  ああ、先の自分が思いやられる。 「とにかく、飯は食えるか? 食ってから行くといい」  私が黙っているのを少しは気にかけたのか、男は先ほどよりいくらか優しげな口調で言った。  やはりこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないだろう。  改めてそう思った私は、「ありがとうございます」とだけ返すと、その場に立ち上がった。  とりあえずここはお世話になって、この家を出てからまた当てを探せばいい。  なにも急ぐことはない。  死なない限りは、良くも悪くも時間はあるのだ。 「あ、自分で行きます」  立ち上がる男を見て、私は咄嗟に呼び止めた。  男はそんな私の方を少しだけ見てからゆるゆると首を振る。
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