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音を立て、勢いよく新幹線のドアが開くと、たった今まで無人だったホームが降車客で一気に埋め尽くされて行く。
わたしはあっという間に人波に呑まれた。
急に迷子になってしまったような不安な気持ちで、辺りを見回す。
ガラガラとキャリーケースを引く女性とぶつかりそうになって身を引くと、サラリーマン風の男性に背中が当たった。
「すみません」
慌てて頭を下げ、その背中を見送る。
顔を戻した瞬間、わたしは息を止めた。
人混みの向こう側に、春山先生が立っていた。
コートのポケットに手を入れ、大きめのボストンバッグを提げている。
数メートルの距離を置いて、わたしたちは見つめ合っていた。
先生の表情は、とても優しくて、穏やかで、…内緒でお迎えに来たはずなのに、まるでわたしがここに来ることを知っていたかのようだった。
すぐに人の波は引いて行き、二人だけが取り残される。
空になった車両の中に入って行く清掃員の姿が、目の端に映った。
「お前、…塾は?」
発せられた第一声がとても先生らしくて、わたしはフッと微笑んだ。
「…朝から夕方まで、頑張って来ました」
「そ。エライ」
先生が、ゆっくりとこちらに向かって歩き出す。
わたしは思わず、目を伏せた。
近付いて来た先生のコートが、目の前でぴたりと立ち止まる。
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