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「和真は?」
「えっと、…電車で帰って来るようにって、言ってました。
お酒を飲んじゃったから、迎えに行けなくなったって…」
「……」
わたしは、今すぐに先生の胸に飛び込みたい衝動を抑えていた。
人目があるこの場所ではさすがに、それは出来ない。
たった二日間会えなかっただけなのに、なぜかずっと長い間、離ればなれになっていたような気がする。
それはたぶん、先生が京都に行っている間、わたしが先生の過去に遡っていたから。
猫の亡骸を前に泣いていた、幼き日の先生の背中。
心優しい少年はきっとそれからも、たくさん傷ついて、涙を流して。
心から人を好きになって、愛を知って、悲しみを知って。
そして…。
その日の少年は大人になり、今こうして、わたしの目の前に立っている。
「じゃ、行こうか」
顔を上げると、先生はいつも通りの優しい笑顔を浮かべていた。
何も心配することは無いと、いつもわたしを包んでくれる、そのコハク色の瞳。
「はい」
わたしは先生の隣に並び、エスカレーターに向かって歩き出した。
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