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ふと袖と袖が触れると、手を繋ぎたくてたまらない気持ちになる。
もどかしさが、さらにその思いを強くする。
伝えたい気持ちは溢れそうなのに、口にできる言葉は一つも見つからない。
先生の顔を見ただけで胸がいっぱいで、…今、普通に呼吸することさえ危うい。
エスカレーターの乗り口に辿り着くと、わたしたちは並んでステップに踏み出した。
アーチ型の細くて長い長いトンネルに、二人一緒に吸い込まれて行く。
ゆっくりと降下する空間が二人だけのものになった時、先生が、タン、と、ステップを一段降りた。
顔を上げると、同じ目の高さに先生のコハク色の瞳があった。
頭の後ろを支えられ、不意に唇が重なる。
やっと触れる事の出来た二人の唇が、求め合うように絡まる。
わたしは目を閉じた。
何も言わなくても、感じる。
先生は、京都に何かを置いて来たのだ。
それが何なのか、わたしにははっきりとは分からない。
でも、心から何かを切り離したばかりのその部分はきっと、今もひりひりと痛んでいる。
わたしは両手で先生の頭をかき抱いて、さらに深く口づけた。
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