1087人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
***
カウンセリング室を出て昇降口に向かう途中、角を曲がると、長い廊下のずっと先に、背の高いスーツ姿のシルエットが見えた。
さっきまで教室で向かい合っていたのに、その姿が近づくにつれ、徐々に心臓の音が高くなる。
「お疲れ」
廊下の途中の、広い窓が作りだした陽だまりに、春山先生が立ち止まった。
「お疲れ様です…」
わたしも先生の1メートルほど手前で足を止める。
「とっくに帰ったかと思った」
「カウンセリング室に行ってたんです。
峰村先生、今日はたまたま、午前中だけこちらで仕事してたみたいで」
「そう」
春山先生は、少し身体を屈め、わたしの顔をじっと見た。
「…目、赤いけど。泣いた?」
「え、ほんとですか」
わたしは慌てて指先で目を擦った。
「今日子先生に泣かされたの」
「いえ、泣かされたんじゃなくて…わたしが勝手にさみしくなっちゃっただけです」
「そう」
春山先生はフッと笑って、
「今日子先生、いつもと何か違ってた?」
「え?」
わたしは先生の顔を思い浮かべてから、
「何かって、…どの辺ですか」
「いつもより、嬉しそうだった、とか、機嫌が良かった、とかさ」
「……?」
残念ながら、いくら考えても分からなかった。
「香水が変わってたくらいかな…。あとは気がつきませんでしたけど」
「そっか。…なら、いいや」
春山先生はにっこり笑顔を浮かべてから、スーツの内ポケットに手を入れた。
細長い紙袋に入ったものを取り出し、スッと差し出す。
「今日、受験を控えてる全員に配ったんだ。…俺からの御守り」
「えっ」
「大したものじゃないよ。えんぴつ」
わたしはぴょこんと飛び上がって、一歩進んで両手を差し出した。
ひょいと袋が逃げる。
最初のコメントを投稿しよう!