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「ちょ、こっちが恥ずかしいからあんま赤くなるなよな」
わたしの顔を見て、祐希は面白くなさそうに言った。
「ところで、今日の晩飯なに」
「あ、まだ考えてないの。後でお母さんとメールで相談しようかと思って」
「じゃ、エビとアスパラの塩炒めがいい」
「また?…いいけど…。好きだねえ、あれ」
「だって、めちゃめちゃ美味いもん」
そう言ってもらえると、作る側としては嬉しい。
家族にも大好評のあの料理は、実は春山先生の大好物でもあった。
祐希はよっしゃ、と気合を入れて、
「夕飯を楽しみに、練習頑張るぞっ。…んじゃ、また、夜ねっ」
ドアを開け、出て行こうとして、祐希はこちらを振り返った。
「さよなら、しーなセンセっ」
「さようなら、椎名くん」
祐希が出て行くと、わたしもブースの時計に目をやった。
…もうすぐ、約束の時間…。
そう思うと、つい口元が緩んで締まらない顔になってしまう。
スーツのポケットから小さな手鏡を出し、顔を映す。
大学4年生になった今でも、わたしはほとんど化粧をしていなかった。
さすがに今は実習中なので、ポイントメイクだけはしていたけれど、唇は今日子師匠の言いつけどおり、今でも変わらず素クチビルを保っている。
…それにしても…。
わたしはその素クチビルを尖らせた。
実習自体はとてもやりがいがあって楽しいんだけど、…春山先生、ちょっとわたしによそよそしすぎじゃないかな。
仕事とプライベートを分けるのはもちろん当たり前の事だけど、それにしたって必要以上に冷たすぎる気がする。
確かに約束通り、HR指導の担当をしてくれてはいるけど、…私語は一切禁止だし、学校の外で会うのもダメだなんて…。
つい先ほど、春山先生が他の女子実習生と楽しそうに談笑していたシーンを思い出し、わたしはさらに頬を膨らませた。
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