4070人が本棚に入れています
本棚に追加
/518ページ
.
驚かせようと、ここで待っていたことは伏せておいたけれど。
ここに着く時間を執拗に訊いた私の本意に、頭のいい彼が気づかないはずがない。
「早く……会いたくて。迷惑だった……?」
「迷惑じゃないよ……凄く嬉しい。俺も……早く、会いたかったから……。」
そう言って風見君は、私を優しく抱きしめてくれた。
すっかり冷え切ってしまっていた頬が、彼の温もりによって熱を帯びていく。
そして何よりも彼の言葉が、この10日間の私の心の空白を埋めてくれた。
抱きしめられながら、耳元で彼が囁いた言葉。
「……彩月を忘れるために、この街にやってきた。
けれどもこれからは、唯と一緒にいるために、この街にいたい……。」
「……。」
「そんな不純な動機だけれど、俺……ここにいてもいい?」
そんなの、当然だよ……。
彩月さんとの過去の柵を乗り越えられた今、風見君がこの街に残る理由はないけれど……。
私のためにここに残りたいと言ってくれた想いは、どんな幾千もの愛の言葉よりを囁かれるよりも価値がある。
「勿論だよ……。私はずっと、ここにいるから……。」
ねえ……風見君。
人を好きになる素晴らしさも、想いが繋がる尊さも。
全部、あなたが教えてくれた。
だから私は今も、あなたが忘れられない。
あなたとの優しい思い出が―――
今はただ、切なくて仕方ないよ……。
.
最初のコメントを投稿しよう!