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翌日も、いっちゃんは朝早くから練習へ向かい、私は部屋でピアノを弾き続ける。
苦手だったフレーズもなんとか上手く弾きこなせるようになり、全体的にまとまりが出てきたように思える。
慶子さんの次のレッスンの日までには、更に完成度をを上げておきたい。
そんな焦りもあり、ひたすら練習にのめり込んでいた時だった。
演奏の途中のこと。
普段は止まることない得意なフレーズを前に、自分の意思とは裏腹に、左手の小指が急に固まって動かなくなったのだ。
初めて感じる違和感に、練習を中断して指の様子を伺うが、痛みもなければ痺れがあるわけでもない。
気のせいかと思い練習を再開しようとするも、小指が全く反応しないのだ。
その瞬間、嫌な汗が背中を流れた。
それは音楽に携わる人間なら、誰もが恐れる現実だったから。
まさか……。
そんなはずないよね……。
ちょっと練習のし過ぎで、指が疲れているだけだよね……。
嫌な可能性が頭にめぐるも、そうであって欲しくないという自分が、必死に否定し続ける。
指の具合も気になり、少しの時間だけピアノから離れることを自分に許した。
その間に、普通に食事もできたし、文字を書くこともできた。
いつもと変わらない日常生活が送れた。
そして数時間後に再びピアノの前に座り、さっきと同じように練習を始めたが、指が固まることは一度もなく最後まで弾き切ることができた。
自分でも満足いくほどの演奏で。
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