4109人が本棚に入れています
本棚に追加
.
急に演奏を止めた私を、慶子さんは怪訝な目をして見てくる。
きっとその時、私の表情には余裕さは全くなかったのだろう。
何事もなかったかのように演奏を再開しようとも、指は固まったまま動こうとはしてくれない。
「もしかして……動かないの?」
「……最近たまに……こんな風に、演奏中に固まってしまうことがあるんです。
休めばマシになるから、多分……軽い腱鞘炎だと思う。」
「痛みはあるの?」
慶子さんの言葉に首を振る。
練習のし過ぎで腱鞘炎になることはあっても、それは必ず痛みが伴うもの。
そして痛みさえ我慢できれば、自分の意思でどうにかできる範疇なのだ。
「……今から、病院行きなさい。」
「え、でも……」
「いいから行きなさい。私も……付き添うから。」
「………はい。」
いつもより低い声のトーンが、深刻さを物語っている。
慶子さんが一緒に来てくれるならと、私はその言葉を受け入れた。
こっちに来てから大きな病気には一度も罹っていないから、ひとりで病院に行くのも少し不安だった。
いっちゃんには余計な心配はかけたくなくて隠していたので、今は彼女の存在がとても有り難かった。
.
最初のコメントを投稿しよう!