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途中から彼女の言葉が耳に届かなくなった。
それほどに告げられた現実がショックだったのだ。
完治しない病気だとは知られていても、緩和させるための投薬療法やトレーニングがあることは知っている。
病気を持ちながらも演奏家をして活躍している人は沢山いる。
けれども今までのように練習を続けていれば、他の指も同じ状況になり兼ねないのも事実。
「唯ちゃん……。」
慶子さんが部屋に入ってくる。
私の様子から、彼女はきっと全てを察していたのだろう。
「わたし……弾けなくなったら……なにも、なくなっちゃう………」
「……大丈夫よ。弾けなくなんかならない……」
「何もなくなっちゃうよ!!」
パニックで溢れてきた感情と涙が止まらない。
泣いたって仕方ないのは分かっている。
それにまだ、ジストニアだと判明したわけではないのに。
自分自身が僅かな可能性を信じなければ、何も始まらないというのに。
幼いころから積み上げてきたピアノにかかわる大切な思い出が、一気に崩れ去ろうとしている。
私には夢があったから、辛いことも乗り越えてやってこれた。
私にはこれしかないのに。
お母さんや雅さんと繋がっていられる方法も。
前だけを向いて歩いていこうと決めた決心も。
忘れられない人を、心の奥にしまっておく方法も……。
何もかもを失った気持ちになって、目の前が真っ暗になった気がした。
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