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それから、どうやって家に帰ったのかは記憶になかった。
私を心配した慶子さんが、何も言わずにずっと傍にいてくれたけれど、そんな彼女を気遣うことすら出来なかった。
何時間か経って外が暗くなると、いっちゃんが帰宅する音がした。
立ち上がることすらできない私の代わりに、慶子さんが彼を出迎えてくれる。
予期せぬ来客に、いっちゃんの驚いた声が聞こえてくる。
「慶子さん、お久しぶりです!」
「久しぶりね、郁也君。今日は急にお邪魔してごめんなさいね。」
「いえいえ、ゆっくりして行ってくださ……」
そう言いながら近づいてくる足音。
しかし途中で言葉に詰まらせたのは、何か異変を察したからだろう。
ずっと一緒に暮らしてきて、今の私を誰よりも知っている彼が気付かないはずはない。
「唯……どうかしたの?」
「……。」
口にすれば現実味が深まりそうで、唇を噛みしめてしまう。
黙り込んだ私を見かねて、彼は慶子さんに助けを求めた。
「……何か、あったんですか?」
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