【16】 sudden point

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. 私の言葉に、いっちゃんは足を止めた。 また勝手にひとりで結論を出してしまったことに、彼は怒ってしまったのだろうか。 黙り込む彼に、自分の正直な想いを告げる。 「弾けなくなった私に……この街の生活は、少し辛いよ……。」 「俺が……傍にいても?」 「そういう問題じゃないの。いっちゃんのことは大切だけれど……傍にいるからこそ、きっと辛くなる。 自分が手に入れられなかった夢を叶えていく姿を、きっと純粋に応援できなくなる……。」 よき理解者だからこそ。 夢を追ってきた同志だからこそだ。 ただの恋人同士なら、このまま彼の傍に居続ける選択もできた。 けれども演奏者として私は、きっと彼を妬ましく思ってしまうだろう。 卑屈な気持ちを隠し切れずに、彼に辛く当たってしまうかもしれない。 そんな惨めな自分の姿を、いっちゃんには見せたくない。 「だったら俺も……」 「それは駄目だよ。いっちゃんは……まだ、夢を叶え始めたばかりじゃない。折角、何も失わずにここまでやってきたんだから……。」 「でも俺は、唯を失いたくない。」 そう言って、強く訴えかけるような眼差しが向けられる。 彼の痛切な想いが胸に突き刺さり、心がひどく揺さぶられた。 それくらいに今の私の意思は、弱くて脆いものなのだ。 .
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