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決意表明を掲げた百香は、肩の荷が下りたかのようにホッと一息入れて、水を飲んだ。
そして、思い出したかのように私に問いかけてきた。
「唯も、たまには思い出したりするの?」
「何を?」
「風見君のこととか……さ。」
百香が久しぶりに口にしたその名前に、私は冷静を装う。
下手に饒舌に否定なんてして、意識しているとも思われたくないし、無難な言葉を選んだ。
「どうだろ……もう、随分と前のことだしね。」
「そっか。高校卒業くらいの時だから……8年?そりゃあ私たちも歳をとるよね。」
「そうだね。最近、毎朝の雪掻きがキツくて……筋肉痛が治らないもん。」
「それ、わかるー!」
百香が話を逸らしてくれたので、それ以上は何も言わなかった。
話すようなことも何もないし。
彼とのことは、百香がいちばん知ってくれているから。
でも……私は、百香に嘘を吐いた。
曖昧な言葉で、自分の本音から逃げた。
私も百香のように全てを曝け出して、前を進む勇気が持てたら……何かが変わるのだろうか。
けれども、私は――― 会いたくない。
彼が好きだと言ってくれたピアノを弾けなくなった今の自分。
私が彼にしてあげられることは、もう何もないから。
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