男心と秋の空

33/56
前へ
/430ページ
次へ
======================== びしょ。 びしょ。 ぽた、ぽた。 時刻は13時を過ぎている。 沙耶は最後の砦、もとい、コクスィネルコリーヌで、マンデリンのホットをテイクアウトして、あの憎い高層ビルへと向かっていた。 道ですれ違う人々が、ぎょっとした顔をして、沙耶のことを指差して隣とひそひそするか、見えないふりをする。 「ママー!あの人、傘忘れちゃったのかなぁ!?!」 「しっ!!」 裕福そうな親子。 悪気の全くないキラキラ坊やが、沙耶を心配そうに見つめるけれど、母親は血相を変えて、その子の腕を引っ張った。 「・・・」 沙耶の黒くて長い髪は水分を存分に含んで、ずっしりと重たい。 坂月チョイスのスーツも既に二重に黒く見える。 下着までとは言わないが、ほぼ、パーフェクトに濡れている。 パン屋はそれぞれ1時間待ちか30分待ち。 しかも珈琲屋は開店が10時だった。 電車の移動時間だけでも、40分じゃ到底無理な注文だ。 どこでもドアでもない限り、不可能。 いや、タイム風呂敷もないと、駄目だ。 ―あんにゃろう… 沙耶は両手に袋を抱え、片手には珈琲を持ち、汗だくで今日何度目かわからない殺意を覚えていた。
/430ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2935人が本棚に入れています
本棚に追加