男心と秋の空

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期待などしていなかったが。 ずぶ濡れの自分を見て、何か一言、なんて、それこそかすりも思ってなかったが。 俯いた先。 沙耶の長い髪から雫が滴る先。 ぐしょぐしょになった靴先。 そこに、あれほど苦労してゲットしたパン達が転がっている。 ただのパンならそれほど、無残ではない。 けれど、焼いたパンの入ったサラダはぐっしゃりという効果音を付けるのが正解だろうと思う。 沙耶はそれを見つめ―。 ―勿体無い。 なんとも言えない気持ちで、しゃがんで拾い集めた。 石垣に対しては、怒りを通り越して呆れていた。 それでも、沙耶の中にはむくむくと、生来の負けん気の強さが膨らんでいっていた。 ―その内、コイツにひとっことも文句言われないようになってやるわ。 黙々とできるだけ拾い終えると、持ってきた袋に仕舞い、書類に目を落とす石垣を一瞥し、「失礼します。」とだけ言って、部屋を出て行った。 返事はなかった、と思う。 出た所で、坂月がソファの影から恐る恐るこちらの様子を伺っているのが目に入る。 「…何やってんですか…」 沙耶は呆れた顔でそんな坂月を見て、テーブルの上に持っていた袋を置いた。 「いや、何か、一波乱あるかと…」 「………期待外れでしたか?」 「…いえ…」
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