男心と秋の空

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「とにかくこれ食べるからあとでいいです。坂月さんも良かったらどうぞ?」 沙耶は坂月にも勧める。 食べてみると、これがまた冷めていても美味しいものばかりで。 さっきまでの苛々も和らぐほどなのだ。 貧乏人だとは思うが、やはり食べ物は良い。 食事の時間は至福の時間だ。 さすが、高いパンだ。 「秋元さん、、それ、幾らだったかわかります?」 浸っている所で急に坂月に話を振られ、沙耶は言葉に詰まった。 「あ?えー…と。」 ―確かに高い表示価格ではあったのだが。 「なんか、石垣様の所なら良いですって…」 沙耶の財布は空に近い。切符代だけでいっぱいいっぱいというものだ。 案の定パン屋に行っても、どうすれば良いのかわからなかった。 が、長蛇の列に並んだ末、店員に事情を話そうと近づくと、『ああ!新しい秘書の方ですね』と何故か相手が知っていた。 そして、注文したものを受け取ると、『石垣様によろしくお伝えください』と伝言を承った。 どこの店でも、金銭の要求はなかった。 「おかしいと思いませんでしたか?」 気遣うように訊ねる坂月に、沙耶は首を振った。 「金持ちってこういうもんなのかな、って。」 市場に権利があるバイヤーが、買い付けの時に直に金銭のやりとりをしないのと同じように、金持ちの顔パスで、こうした請求は後から纏めてくることになっているのかと、何も不思議に思わなかったのだ。
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