男心と秋の空

53/56

2918人が本棚に入れています
本棚に追加
/430ページ
空になった缶の、カラカランという軽快な音が、場の雰囲気に似合わない。 粉を被ったとはいえ、沙耶の目にはちゃんと高い背の持ち主が見えている。 けれど、口を開いた瞬間、確実に粉が入ってくる。 「…もう一回訊くけど。俺の机、触った?」 入り口に寄りかかる、黒のトレンチボーイ。 その顔はやたら険しい。 いつにも増して、不機嫌丸出し。 首を横に振れば語弊がある。 しかし、縦に振るには危険な気がする。 「・・・・・・・」 迷った末、沙耶は無言のまま、首を傾げて見せた。 腕組みをして、見つめる石垣の表情は益々険しくなる。 「ふざけてんの?」 断じて違うと言いたい。 だが、言えない。 この際苦さを覚悟して口を開こうか。 でも嫌だ。 沙耶の中で葛藤が始まる。 ただ、石垣の表情が殺意を孕んでいるようにしか見えない。 「何やった?」 「―?」 続く石垣の言葉に、沙耶は不意を突かれる。 意味がわからずに、目を瞬かせていると、石垣はゆっくりと沙耶に近づき、しゃがみこんだ。 尻餅をついた格好の沙耶と、石垣の視線の高さが等しくなる。 「主が居ない間に、何をやったんだよ?」 「!」 そこまで言われて沙耶はやっと気付く。 自分は疑われているのだと。
/430ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2918人が本棚に入れています
本棚に追加