記憶が引き連れてくる香り

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広い庭園を抜けて、昨日も見たロータリーに着くと、沙耶は自転車を隅に停めた。 ―迷わず着けて良かった。 沙耶の記憶力は良い方だ。だから、一度通った道はなんとなく覚えている。 だが、石垣邸は桁違いに広すぎるので、正直不安だった。 「おはようございます、秋元様」 携帯を取り出して、時間を確認した所で、中村が中から顔を出して沙耶に一礼した。 昨日とぴったり同刻。 「おはようございます。」 心の中で、遅刻しなかった自分にこっそり安堵しながら、沙耶も挨拶を返す。 「初勤務で、体調はいかがですか?慣れないことばかりでさぞかしお疲れになったでしょう。」 労わりの言葉をかけながら、中村は沙耶を中へと案内する。 「はぁ…まぁ、、、あ、あのっ」 曖昧に返事をし、中村が階段に足を掛けた所で、引き止めた。 「?なんでしょう?」 直ぐに中村が振り返る。 「昨日、行ったから、場所、わかります。もし良かったら私一人で行けますけど…」 「まあ!」 沙耶の申し出に中村が驚いたように両手を口に当てた。 「なんて良い方なのでしょう!ええ!ええ!結構です。よろしくお願い致します!」 「あ、、いえ。気にしないで下さい。」 予想を上回る過剰なリアクションに、沙耶は思わず後ずさりながら、作り笑いをして、階段を上った。 「ご健闘をお祈りしております!何かありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ!」 中村のはきはきとした声と、角度しっかりの礼に気圧されつつ、沙耶は石垣の部屋へと向かう。
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