記憶が引き連れてくる香り

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沙耶も慌てて後を追う。 足が長い分、石垣の一歩は大きく、小走りに追いかけるが。 「うわぁぅ」 磨かれた床に足が滑った。 前を歩く石垣の背中にぶつかりそうになって、やばい、と思った瞬間。 ビタンッ! 「・・・った…ぃ」 顔面を床に強打。 がばりと顔を上げ、沙耶はスタスタと歩き続ける石垣の背中を睨みつけた。 「ちょっと!なんで避けたのよ!!!」 そうなのだ。 沙耶が転ぶ直前、石垣はあろうことか、ひょいと身をかわしたのだ。 「自己防衛だよ。お前にぶつかられたら俺のかよわい身体が壊れちまう。」 気遣うことも、ましてや振り返ることもせずに答える石垣。 「っとに…」 ―ムカつく。 確実に赤くなっているだろう鼻の頭を押さえつつ、沙耶は悔しさを噛み殺す。 長い階段を下りれば、メイド達が石垣を出迎え、沙耶を置いてどこかへ消えた。 ―ちょっと待ってて、とかさ。 「何か一言くらい言えよっ」 雑な扱いに悪態をついて、その背中にあかんべをした。 「…もっと仲良くしてくださいね。」 朝の静けさの中、りんと響く、困ったような、笑いを噛み殺したような、声。 はっとして振り返れば、坂月が予想通りの表情を浮かべながら、正面玄関からホールに入ってきた所だった。 「…!さ、坂月さ…」 べろべろべーと出していた舌を咄嗟にしまうも、沙耶は恥ずかしさで縮こまる。
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