記憶が引き連れてくる香り

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「おはようございます、秋元さん。風邪ひかなかったですか?」 さして気にした風も無く、坂月はにこにこと沙耶に笑いかける。 「…おかげさまで、大丈夫です。」 小さく頭を下げれば、坂月は良かった、と息を吐いた。 「今日も本来ならお休みなのに、出てきてもらうことになってすみませんでした。引越しもあったのに。」 「あっ、いえ…弟が居ますし、それに業者の方まで手配していただいてますから全然。。。こちらこそ、却ってお手数おかけしました。」 「いやいや、色々無理をお願いしているので、それ位当然のことです。あれ―ちょっと失礼。」 ぺこぺこ交互に頭を下げあった所で、坂月が視線をずらし。 「―え?」 瞬きする沙耶の方へとスッと細長い手を差し出した。 掠めた、耳と髪。 微かに香る、甘い匂いに。 一瞬何かを思い出しそうになったが。 「取れました。」 坂月の声と遠退いた香りに、漂いかけた意識が戻る。 見ると、坂月の指と指の間に、小さな小さな葉っぱが挟まれていた。 「あ、ありがとうございます。自転車漕いでる途中に付いたんですね、きっと。気付きませんでした。」 「いえいえ、中に入り込んでいたので。…それより、本当に自転車で来たんですね。車停めた時にも見ましたけど、一瞬自分の目を疑いました。」
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