記憶が引き連れてくる香り

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「さ、待たせてしまって申し訳ありませんでした。受け取って下さい。」 坂月は横目で石垣をちらりと見る。 「いかがですか?満足しましたか?」 言いながら、にっこりと笑顔を送る坂月を前に、沙耶は石垣の方に目をやることができなかった。 だから、石垣が一体今どんな表情をしているのか、知ることは出来ない。 恐らく、してやったり的な態度の坂月を睨みつけているのではないだろうか。 ―さっきは、そんなこと一言もいってなかったのに… 沙耶は坂月が何を考えているのかやっぱりわからない、と思った。 本来の用件はさっきの話だった筈だ。 石垣本人の耳に入るのは賢明ではないとの考えなのだろうか。 「チッ。もういい。」 短く舌打ちの音がして、漸く沙耶がそちらに顔を向けると、石垣はこっちに歩いてくる所だった。 表情は勿論、不機嫌そのもの。 「いってらっしゃいませ!」 割って入るかのようにして、執事、メイド等が口を揃える。 だが、それを気持ち良いほどに無視して、石垣は沙耶に向かってくる。 「え?え?え?ちょ、何、うわ…」 目の前まで迫ってきたことに、たじろいだ瞬間、腕をがしりと掴まれ。 「は?え?いや、は?」 そのまま、石垣は沙耶を引っ張って屋敷を出る。 身体が追いつかずに、沙耶は後ろ向きのまま、何故か坂月に手を振られて。 「いってらっしゃい」 ―石垣といい、坂月といい… 完璧な営業スマイルに見送られながら、沙耶は唇を噛んだ。 ―ほんっっっとに、訳わかんない奴らばっかり!
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