記憶が引き連れてくる香り

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「ねぇっ!そんな引っ張らなくても、私歩けるってばっ!放してよっ」 立ち止まりたいけれど、反対側に引っ張られているので、靴の踵ではブレーキを上手くかけられない。 抗議するも、石垣は完全に無視している。 「うぁとととと…」 数段の階段を危なげに下りきると。 「乗れ。」 「はぁあ?」 やっと解放されて、振り向けば。 ロータリーに待っていたのは出勤用の車、ではなくて―。 「・・・・・・」 これは。 ―知ってる。 車とかブランドに疎い沙耶ですら、知っている。 石垣は慣れた動作で運転席に回る。 沙耶は助手席のドアの前で立ち尽くしたまま、車高の低い車―そのエンブレムに描かれた馬を見つめる。 ―駿が居たら、きっと興奮して卒倒するだろうな… 「フェラーリ…」 ―これだから金持ちなんか、大嫌いだ。 毎日唱えていると言っても過言ではない思いを、沙耶は心の中で呟く。 ―車なんか一台あれば十分なのに。いくつもあっても無駄なだけなのに。 「何してんだよ、早く乗れって。」 既に運転席に乗り込んだ石垣が、助手席の窓を開けて沙耶に促す。 未だ眉間には皺が刻まれたままだ。 「・・・・・」 同じくらい沙耶も眉を寄せて、無言で助手席に乗り込むと、乱暴にドアを閉める。
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