記憶が引き連れてくる香り

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「あ、ちょっと待て。」 ドアに手を掛けた所で、石垣に呼び止められた。 「何よ、降りろって言ったり待てって言ったり…」 「―それ、持ってかなくていいだろ?」 沙耶がぶつぶつ言いながら振り返ると、石垣が沙耶の手の部分を指差す。 「だ、駄目駄目!何かあったら困る!」 沙耶は首を振りながら慌てて手にしたものを、背中に隠した。 「そんな安い服、誰も盗りゃしねぇよ、置いてけって。」 「わかんないじゃない!」 「警備員が居るし、大丈夫だって。」 石垣が珍しくやんわりと沙耶に言い聞かせるも。 「絶対嫌!そもそもあんたが一番信用できないのよ!」 坂月から受け取った紙袋。 沙耶はそれをぐっと握り締める。 「チッ。仕方ねぇな…。」 石垣は腕時計で時間を確認すると、渋い顔で呟く。 そして。 「―いいか。俺が良いって言う時以外は、この敷地内で絶対に口を開くなよ。」 「え?」 気になり過ぎる命令を残して、先に車を降りた。 しかし、そんなことよりも沙耶にとって気がかりなのは。 「…つーか、よりによってここかよぉ~」 降りる寸前、誰も居ない車内に沙耶の独り言が響く。 ―まぁ、近くってだけだし、あのばばぁと会う訳ないし、大丈夫よね。 車内に留守番していたいのを堪え、自分に言い聞かせた。 ドアを開けた瞬間、どこからか香る秋の香り。 まさか、秋元家の本家の近所に、石垣の叔父の家があろうとは。 偶然とは、時として酷だ。
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