記憶が引き連れてくる香り

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「諒様、お待ちしておりました。今日はご足労いただき感謝しております。」 誘導した男が、沙耶達が降りるのを待って挨拶をする。 「どうも。」 石垣はそれに対して小さく会釈を返すが、男は不思議そうな顔をして、彼の背後に居る沙耶を見た。 「―?失礼ですが、そちらの方は?」 「あぁ…新しく雇った秘書です。この後も仕事がありますので、今日は一緒でも良いですか。」 石垣の説明に、沙耶は午後も仕事があるのかと小さく肩を落とした。 「そうでしたか。勿論大丈夫です。むしろお忙しい所、無理を言って申し訳ありません。さ、どうぞ、こちらへ。旦那様がお待ちでいらっしゃいます。」 美しい日本庭園を横目に、男は玄関へと歩き出す。 それに石垣が続き、沙耶が続く。 ―名前を訊かれなくて良かった。 なんとなく、沙耶はそのことに安堵していた。 こんな大きな屋敷に住む人間が、たかだか中流階級の秋元家を知っているなんてことはないだろうが、万が一のことがあったら色々と面倒だからだ。 「ようこそ、お出でくださいました。」 案の定広すぎる玄関に着けば、今度は女性達が出迎え、中へと招き入れる。 その間、会話はほとんどない。 ―なんか、嫌な感じ。ここ。 使用人はどれも気が利いてるし、テキパキと動くのだが、どうしてか見張られているような感触が拭えない。 沙耶は見えない何かに気持ち悪ささえ感じていた。 それは、本家で幼い頃からずっと味わってきた感覚に近いものがあって、久しぶりに足を踏み入れた土地が、沙耶をナーバスにさせている可能性も否めない。
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