記憶が引き連れてくる香り

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長い廊下を突き進んでいくと、案内人が襖の前で足を止める。 「旦那様、諒様がご到着されました。」 中から、短い返事がして、女が床に膝を着いて襖を開くと。 「いやぁ、急に呼び出してすまなかったね。」 低い声が、した。 藺草の匂いと、手入れの行き届いた庭が見える和室。 その真ん中に存在感を放つ桐の机。 腕組みをしてふんぞり返っている、白髪交じりの、恰幅の良い男。 それこそが、石垣の叔父に当たる人物なのだと直ぐに分かった。 ―貫録のあるデブだ! 沙耶の第一印象もばっちり決まる。 「…いえ。」 「座りなさい。」 「失礼します。」 短いやりとりと共に、石垣が机を挟んだ向かいの席に腰を下ろしたので、沙耶もぺこりと頭を下げ、それに続こうとした。 が。 「見ない顔だね?」 少しの警戒を含んだような、緊張を仄かに感じる声が、掛かった。 「あ「新しく雇った秘書です。」」 口を開きかけた沙耶に被せるように石垣が答える。 ―あ、やば。 危うく言いつけを破ってしまう所だった、と冷や冷やしながら石垣を盗み見ると、彼は真っ直ぐ叔父を見つめていた。 「ほぉ、そうかそうか。…私の家まで同行させるとは随分とお気に入りのようだねぇ。」 「たまたま仕事があったので、同行していますが、他意はありません。もし邪魔なようであれば、外で待機させますが。」 「構わないよ。さ、座りなさい。」 沙耶は表面上穏やかな叔父の言葉の端々に棘々しさを感じ、石垣のピンと伸びた背筋に緊張の色を見て取った。
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