記憶が引き連れてくる香り

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―それってまさか―。 「―そうですね。では、そろそろ時間ですので、失礼させていただきます。」 隣で石垣は淡々とした口調で腕時計をちらりと見やった。 「おぉ、そうか…まぁ、呼び出してすまなかったな…。」 「行くぞ。」 石垣は小さく沙耶にだけ聞こえる声で呟くと立ち上がる。 「あ…はい…」 慌てて沙耶も席を立った瞬間。 「ん?…んー、、、やっぱり…どこかで見たような気がしないでもないな。」 叔父が感づき始めているのか、ぶつぶつ呟きながら沙耶の顔をじろじろと見始めた。 ―あー、やばい、かも。 沙耶はできるだけ視線を合わさないように、不自然にならない程度に顎を引く。 「こんなありきたりな顔、どこにでもいますよ。では。」 そこに投下された、誹謗中傷。 ―!?!? ではなく、恐らくフォロー。 「そうか。そうだな。」 心中は複雑だが、叔父は納得しているし、窮地は脱したようだ。 沙耶はぺこりとお辞儀だけして、石垣の後に続く。 「諒、、、」 石垣が部屋の敷居をまたぐ寸前。 再び背後から声が掛かる。 「父親の様子はどうだ?」 石垣の背筋が、またピンと伸びたのを、沙耶は真後ろで見つめ。 聞こえていた筈なのに、答えないまま、部屋を出た彼に。 叔父が今日一番訊きたかったことは、そして石垣が一番答えたくないことは、これだったのかもしれないと思った。
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