記憶が引き連れてくる香り

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最上階に着くと、案の定石垣は急ぎ足で箱から出て、センサーを解除し、中に入っていく。 「さっきから何をそんな急いで…」 沙耶の言葉をほとんど無視している彼が気がかりで、首を傾げながら、後を追い掛けた。 何の事はない、向かった先は給湯室で。 ―喉渇いてたのかな―?いやだったら、さっき出されたの飲んでも良い訳だし… 疑問は解決しないまま、むしろ膨らんでいくばかりだ。 沙耶は入り口のドアにもたれかかって、石垣がシンクの前に立ったのを眺める。 「おい。」 と。 「早く、出せ。」 石垣が振り返って、沙耶に催促、いや命令する。 「え?自分で出来るでしょ?本気で使えないわけ?」 「良いから早く出せ」 「何よ、その言い方。はいはい、わかりましたよーだ。」 石垣の余裕のない口調に、不貞腐れながらも、蛇口を開けた。 途端に石垣が手を洗い始める。 ―え、なんだ…手を洗いたかったの…?? それを沙耶は驚きながら見つめた。 「あ。」 腕をまくることすらしなかった為、袖口を濡らしてしまっていることに気付き。 「袖まくろうか…?」 問いかけた沙耶に、石垣は直ぐ首を横に振った。 「でも、濡れてるよ?やっぱり…」 「触るな。」 思わず近づくと、厳しい口調で石垣が拒否する。 ―何よ… 沙耶はむっとして石垣から離れ、部屋のドアにまた背中を預けた。
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