記憶が引き連れてくる香り

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秋とはいえ、水温は下がってきている。 つまり、長いこと洗っていれば、手は赤くなってくる。 沙耶は壁に掛かっている時計に目をやって、首を傾げた。 石垣が手を洗い始めてから、優に五分は経過している。 白くて、重たいものを何一つ持たされたなかったのではないかと思うほど綺麗な長い指が、薄桃色に染まっていた。 ―いつまで洗ってるんだろう。そんなに汚れたりしてない筈なんだけど… さっきから、何度も何度も洗剤をつけて念入りに洗う。 その上、袖口はびしょ濡れ。 ―潔癖、と何か関係があるのかなぁ。 思考回路がそこまで行き着いた所で、水の音が止まった。 見ると、石垣が手をペーパータオルで拭っている。 「あ、えーと…別に覗いていたわけでは…」 振り向いた石垣とばっちり目が合って、沙耶は罰が悪いような気分になり、目を泳がせた。 が、石垣はそんな沙耶の脇をすり抜けて、今度は部屋から出て行き― 「え、あれ?……ちょ、ちょっと、今度はどこへ…」 仮眠室のある方へと消えた。
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