記憶が引き連れてくる香り

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《あんたこそ、耳大丈夫?諒の携帯にかけたけど繋がらないから仕方なくこっちにしてんの。急ぎの用なんだから早く代われって。》 「どちらにかけたのかわかってらっしゃるのでしたら、こちらが私用のものではないことをご存知の筈ですが。」 沙耶が至極真っ当と思われる意見を言うと、相手から深い溜め息が漏れる。 ―こいつ、ムカつく。もしかしたら石垣レベルに近いかもしれない。 《あんたは新しいからわからないのかもしれないけど、前の諒の秘書は俺の声で直ぐにわかったぜ。》 「前の秘書は前の秘書です。残念ながら私はあんたのことはっ…」 言葉遣いもへったくれもなくなりかけたその時。 耳に当てた受話器が、自分の力とは反対方向へと引っ張られた。 「あ…」 「―誰?」 ふわり。 ハーブの香りが鼻を掠める。 横には眉間に皺を寄せて、今しがた沙耶から取り上げた受話器に耳を当てる、石垣。 髪は乾かしたてらしく、ふわふわとしていて。 ストライプのワイシャツにノーネクタイ。 恐らくハーブの香りの正体はシャンプーか。 ―嘘、お風呂入ってたの?なんで?! 「孝一…お前か…」 沙耶が呆気にとられていると、石垣が呆れたような声を出した。
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