記憶が引き連れてくる香り

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沙耶は戸惑っていた。 知り合って間もないが、今日一日、どうも石垣の様子は変だ。 原因は、あの家しかない。 「………ねぇ、一つ訊いても良い?」 訊いて良い事なのかどうか、迷っていたが。 「なんだよ?」 途端に石垣の眉間に皺が寄る。 ―予想通りのリアクション…でもやっぱ気になるから訊いちゃえ! 沙耶はごくりと唾を飲み込み。 「あんた、叔父さんのこと、嫌いなの?」 コンコン。 訊いたと同時にノックの音が聞こえ。 「失礼致します。」 料理を抱えたウェイターと、先程のオーナーが顔を出した。 「食前酒とアミューズブーシュをお持ち致しました。」 「すまない、今日は代行は頼まない。俺のはサン・ジェロンで頼む。」 「失礼致しました。直ぐに持って参ります。」 ―タイミング悪。 オーナーと石垣のやりとりを前に、沙耶はこっそりチッと舌打ちする。 この二日というもの、石垣は沙耶に必要最低限のことしか話さない。 秘書としては非常にやりにくいのだが、かといって干渉する気もなかった。 だが、今日の事だけはどうしても引っかかる。 石垣の父親のことさえ、沙耶は知らない。 悩んだ末、かなり訊き難い相手にそれなりに腹を括って訊ねたのだ。 舌打ちもしたくなるというものだ。
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