記憶が引き連れてくる香り

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「食わねーの?」 石垣に問われ、物思いに耽っていた沙耶ははっとした。 見ると、目の前の硝子の四角いプレートの上に、ちょこちょことしたかわいらしい食べ物達が載せられている。 「うわ…」 鬱な気分も吹っ飛び、沙耶は料理に見入った。 並べられている内の一つ、蓋付のカップには蟹身と茸のスープ。 ミニの食べ物達は、右下からブリオッシュ、右上から左下に続く斜線上にアミューズスプーンに乗せられたサーモンのマリネ、キャビア乗せカナッペ、それからテリーヌ。 シュワシュワと泡を弾けさせている、グラスの中の液体。 もとい、シャンパーニュ。 全てがキラキラと、宝石のように輝いている。 「いただきまーす!」 待っていた甲斐があった、とばかりに沙耶はテーブルマナーも何もなく、手元に近いカトラリーを掴み、目の前の料理にがっついた。 その後も、前菜、真鯛のポワレ、ジビエのロースト等々がどんどん続く。 石垣は自ら頼んだ炭酸水をちびちびやり、食事も淡々と続けていて、さっきの会話を続ける気は微塵も感じさせない。 ―もういいか。 フランス料理らしからぬスピードで皿を空にしていきながら、沙耶は半ば諦めていた。 叔父と石垣の間に何かがあることは確実だ。 そして、それは、良いものではない、ということも。
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