記憶が引き連れてくる香り

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店を出る頃には、時刻は14時を回っていた。 来た時と同じように、店員が横付けしてくれたフェラーリに乗り込み、見送るオーナーに会釈する。 「お金、幾らだった?」 暫く走った後、信号待ちになった所で、沙耶が石垣に訊ねる。 「は?」 「だから、さっきの。私の分、幾らだった?」 会計はカードでスマートに終わらされてしまったから、口を挟めなかったのだ。 「…いい。」 石垣が、さも迷惑そうな顔をして、アクセルを踏んだ。 「嫌よ、あんたに奢られるの。」 「別にそんなつもりはない。」 「借りを作るのは嫌なの。」 一歩も引かない沙耶の態度に石垣が溜め息を吐く。 「そもそもお前が払える額じゃない。」 「ぶ、分割払いで…それか給料から引いてもらって…」 確かにあれだけのコース、幾らかかるかわからない。 「お前は俺の秘書で、仕事として俺に付き添っただけ。だから、要らない。」 石垣も態度を変えることなく、きっぱりと言い放った。 「でもっ…」 ―ほとんど食べてなかったじゃない。 本当にお腹が空いていたのか、疑問に思うほど石垣の食は細かった。 だが、沙耶はそれについては触れるのを躊躇い。 「…ご馳走様でした…」 それだけ言うに止(とど)めた。
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