2917人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日はもう良いから、そのまま新居に帰るか?」
「え、いいの?」
もう仕事がない、こと、家に送ってくれる、こと。
この二つの事実に沙耶は一瞬喜ぶが。
「あ、ダメだ…あんたん家にチャリ置いたままになってる。」
「置いとけばいいんじゃねぇの?」
「だ、ダメ!あれがないと通えないっ」
「うちから送迎を出せば良い話だろ。」
「ダメダメ、ガソリンが勿体無い。」
真顔でそう言えば。
「……もういいわ、わかった。家に行く。」
石垣が呆れたように目をぐるりと回した。
秋の金色の陽射しが、街路樹も、道路でさえも、暖かく照らす。
そのなんでもない風景を眺めながら、沙耶はやっぱり今日の石垣は変だ、と思っていた。
音楽がかかっている訳でもなく、かといって会話もなく、車内は静かだった。
沙耶は沙耶で、本家の近くに行った事で、気分がやや塞いでいたせいもあって、フェラーリの加速に文句を言うこともなかった。
窓の外を見つめ、ぼんやりと、引越し先へと思いを馳せていた。
このまま、石垣の家に着けば、それで今日のお役は御免だ、と心の隅で思っていた。
だが。
もう少しで、石垣邸の敷地内に入るか、という頃。
「…叔父は、母親の兄に当たるんだ。」
石垣が急に口を開いた。
最初のコメントを投稿しよう!